東京高等裁判所 昭和53年(行ケ)35号 判決
一 請求原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の本件審決の取消事由の存否について検討する。
第一引用例には、原料を圧入するための注入口及び型内の空気を排出する孔を設けた外部成形型に、外周に線条を螺旋状に巻いた内部成形型を挿入してこれらの成形型の両端面に端板を固定し、排気孔より空気を排出して原料を注入口より注入し、これを常法により硬化あるいは加硫した後に、成形型を分解して成形品を取出し、これを所要の幅に切断してベルトを製造する技術が記載されていること、第二引用例には、成形型を使用するベルトの製造において、ベルトの線条材料として天然又は人造の繊維を使用し、天然又は合成のゴム、又は合成樹脂ペースト等の高分子物質のベルト材料を成形型に充填するに際し、成形型内を真空に保つた状態として送入孔からこれを注入する技術が記載されていること、本願発明と第一引用例のものとの対比において、本願発明は、その構成要件のうち、<1>の本体部分のエラストマ材の構成が、脱ガスされ充填されたもので形成されていること、<2>の引張り層が繊維製のものであること、<4>の引張り層下側の薄層が連続したものであることの三点において、少なくとも第一引用例のものと相違すること、以上の事実は当事者間に争いがない。
成立に争いのない甲第二号証ないし第四号証(本願発明の明細書及びその補正書。以下単に「本願発明の明細書」という。)によれば、本願発明の目的は、「ベルトの主体部分が引張部分を合体した均質の材料から作られることにより、引張部分が、ベルトに加えられる応力と力を適当に吸収し、分散するように形成された動力伝達ベルト」、「引張部分が正確に配置されて、ベルトの主体を形成する材料をもつて完全に充満させられ、その材料に付着されて、改良された作業特性を得る単一動力伝達ベルト」、「引張部分を形成する繊維がねじられて、予定の度合の張力を加えられて所望の角度と位置をなして配列させられ、ベルトの寿命期間を通じて、それが予定の位置と角度に維持される単一動力ベルト」などを提供することであることが認められる。
ここで、原告主張の審決取消事由1及び2の(2)に関わる予備応力について考察する。原告は、「予備応力の付与とは、成形時に引張り層に大きな張力を与えておき、この状態で本体部分と緊密に一体成形することにより、ベルト完成時には引張り層が収縮してエラストマ材からなる本体部分も圧縮されて、ベルト内に所定の圧縮応力が内力として存在するようにすることである。予備応力とは、このようにして内力として存在することになつた圧縮応力をいう。」と主張する。
ところで、本願発明の明細書における予備応力に関する記載は、特許請求の範囲に、「予備応力を付与されている繊維製の引張り層」とあるほかは、発明の詳細な説明中に、「引張部分に予備応力を加え、次にすべての流体を完全に除去し、そして材料をその層の周りにそれを予備応力状態に保つように鋳造することによつて、実質上疲れ抵抗性は特に合成材料の場合に増加するように思われる。」(第二五頁九行目ないし一四行目)との記載があるのみであり、繊維の巻付けに関しても、本願発明の明細書には、「予定の度合の張力を加えて一本のコードをきちんとそして一様に巻付ける。」(第一〇頁二行目、三行目)、「引張り層は張力の下にドラム上にしつかりと巻付けられることができる。」(第一九頁一九行目、二〇行目)と記載されているほか、実施の態様一一例中、ただ、3の項に「あらかじめ応力をかけられた引張り層」、「あらかじめ応力をかけられ緊密に粘着した位置に該バンド(合成繊維シートからなる引張りバンド)を保持し結合している」と、4の項に「薄膜が……該バンドを蔽つている前項3による単一の動力伝達ベルト」と、5の項に「複数個の荷重伝達エレメント……に一体的に緊密に接着するよう、かつ、該エレメントに加えられた応力を該引張り層に直接かつ均等に分布させるよう……された繊維引張り層」と記載されているだけであり、また、予備応力と疲れ抵抗性との関係、繊維の強度選択については具体的には何も説明されておらず、原告の主張する圧縮応力についても何も記載されていない。そうであれば、本願発明の明細書には、予備応力として原告が主張する圧縮応力の開示はないものと解するのが相当である(予備応力を、完成時にベルトの本体部分に所定の圧縮応力が内力として存在するように、あらかじめ成形時に引張り層に付与する引張応力、と解するとしても、本願発明の明細書に、そのような予備応力の開示がないことには変りはない。)。
したがつて、本願発明において、「予備応力」とは、ベルト内に内力として存在することになつた圧縮応力を指すものとは解されない。むしろ、本願発明の特許請求の範囲に、「予備応力を付与されている繊維製の引張り層」と記載されていること、本願発明の目的の一つが前記のとおり、引張部分を形成する繊維がねじられて、予定の度合の張力を加えられて所望の角度と位置をなして配列させられ、ベルトの寿命期間を通じてそれが予定の位置と角度に維持される単一動力ベルトを提供することにあること、本願発明の明細書中における繊維の巻付けに関し前記の記載があるにとどまること、などを総合すると、本願発明における「予備応力」とは、繊維製の引張り層に「単に予め付与する引張応力」を指すものというべきである。
(原告主張の審決取消事由1について)
成立に争いのない甲第五号証によれば、第一引用例においては、芯材(引張り層と同じ)としてワイヤロープのような伸びが小さく抗張力の大きな細い線条を用いていることが認められ、線条を内部成形型に巻付けるときの張力については何も記載されていないが、通常、芯材を型に巻付けるときに、ベルトの伸長率を一定にするため、芯材に一定の張力をかけて巻付けることは普通のことであつて(成立に争いのない乙第一号証)、ワイヤロープのような伸びが小さく抗張力の大きな細い線条であつても、巻付け時にはベルトの伸長率を一定にするため線条に一定張力をかけることが必要であるから、第一引用例のものの芯材には張力が付与されているとみることができる。そうであれば、本願発明における予備応力が前述のとおり引張り層に「単に予め付与する引張応力」を指すものである以上、審決が第一引用例について、「線条に予備応力が付与されて引張り層が形成され」としたことは、誤りとはいえない。
(審決取消事由2の(1)について)
第一引用例(前掲甲第五号証)には、「成形用素材(原料)を圧入するための注入口及び成形型内の空気の排気孔を必要とするものである。」、「内部成形型と外部成形型との間隙に成形素材あるいは原料を圧入する。」との記載があることから、第一引用例のものは、いわゆる圧力成形方法により製造されたものと認められる。モールド内の空気の排除について、圧力成形方法と真空成形方法とを対比すると、圧力成形方法が成形素材を圧力差によつてモールド内に充填するものであつても、モールド内の隅等に空気が封入される可能性があり、モールド内の空気の排除の点において、真空成形方法に比べて必ずしも充分なものとはいえず、でき上つたベルトに非充填部(気泡)を生ずることがありうる。この点で本願発明のベルトと第一引用例のベルトとが同一であるとすることはできず、審決がこの点を相違点として明示しなかつたことは、両者の相違点について指摘の適切を欠くものがあつたといえる。しかしながら、ベルトの製造方法において、真空成形方法は、格別新しい方法ではなく(真空成形方法自体が一般に知られたものであることは、原告の認めるところであり、後述のように、第二引用例も真空成形方法によるものと認められる。)、気泡の混入を防止できることは、真空成形方法の特徴であるから、圧力成形方法においてモールド内を真空にして気泡の混入を防止するようにすることは、当業者の容易にしうるところであり、審決がこの点を本願発明と第一引用例との相違点として指摘しなかつたとしても、審決の結論に影響をおよぼすものではない。
(審決取消事由2の(2)について)
前述のとおり、審決が第一引用例について、「線条に予備応力が付与されて引張り層が形成され」としたことが、誤りとはいえないのであるから、引張り層に対する予備応力の付与に関して本願発明と第一引用例のものとの間に、差異はなく、本願発明と第一引用例のものとの対比において、審決がこの点を相違点として摘示しなかつたことは、誤りとはいえない。
(審決取消事由2の(3)について)
第一引用例のものは、前述のとおり、圧力成形方法によつて製造されたものであり、真空成形方法によるものではないので、第一引用例の成形素材が流動性を有し、線条内部のすきまが外部に連通しているとしても、内部成形型と外部成形型との間隙は、幅の狭い円周状の空間であるから、成形素材が引張り層全体に均一かつ完全に透入し、繊維により形成されるすきまをも完全に充填するものとは、必ずしもいえない。この点を本願発明と第一引用例との相違点として摘示しなかつた審決は、適切とはいえない。しかしながら、第二引用例(成立に争いのない甲第六号証)には、「金型を気密室に入れ、室内を5mmHgないし10mmHgの真空に保つ。しかるときは、環状空間は孔を通して気密室同様の真空となり、高分子物質は送入孔から送入され、下部から上部に向うよう送られる。すなわち、気泡の混入を防止するためである。」との記載があるように、第二引用例のものは、モールド内を真空状にして成形素材を注入して気泡の混入を防止するものであるから、この技術を第一引用例の圧力成形方法に適用すれば、エラストマ材の引張り層への透入が全体に均一かつ完全に行われ、繊維のすきまを完全に充填しうるものと考えられ、しかも第一引用例に第二引用例の技術事項を適用することは、両者がともにベルトの製造方法に関するものであつて、共通の技術分野に属することを考えれば、当業者にとつて容易に実施しうることであるというべきであるから、審決に上述の適切でない点があつたとしても、その結論に影響を及ぼすものではない。
(審決取消事由3について)
第一引用例に記載されている圧力成形方法においては、エラストマ材をモールド内に注入する際に加圧して行なうところに、また、第二引用例に記載されている真空成形方法においては、モールド内の空気を排除して真空にしてその注入を行なうところに、それぞれ特徴があるところ、上述のとおり、それぞれの製造方法の特徴を合わせ用いることにはベルト製造上なんらの支障はなく、しかも、それぞれの製造方法は公知であり、ともにベルトの製造方法に関し、共通の技術分野に属するものであつて、第一引用例に記載されている方法にかかる技術に、第二引用例に記載されている真空成形方法の技術を適用することは、当業者にとつて容易にしうることである。したがつて、これらの技術を用いて製造されたベルトにおける引張り層下側の薄層は、本願発明のベルトと同様に、エラストマ材が真空にされたモールド内に充分に浸透することになるので、引張り層下側の薄層は連続して形成されることとなり、その結果、ベルトの強度も強化されるから、本願発明のベルトと格別の差異はないものと認められる。したがつて、本願発明の<4>の点についての審決の判断にも誤りはない。
以上のとおりであり、原告の主張は、いずれも理由がなく、審決には、これを取消すべき違法の点はない。
三 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
<1>真空状のモールド中に脱ガスされた鋳造可能のエラストマ材を充填することにより成形された本体部分と、<2>この本体部分に取入れられていて予備応力を付与されている繊維製の引張り層とからなり、<3>前記本体部分を形成しているエラストマ材は、前記繊維製引張り層全体に均一かつ完全に透入し、繊維により形成されるすきまを完全に充填して該繊維を本体部分内の所定位置に緊密に固定維持しており、<4>さらにエラストマ材は繊維製引張り層の下側にも連続した薄層を形成していることを特徴とする、真空成形された単一動力伝達ベルト。